柳家〆治師匠が10年以上続けていらっしゃる『伊興寺町寄席』に一之輔さんが出演するので行ってきました。
会場の法受寺のある足立区伊興は関東大震災後都心及び各地より、14の寺院が移転してきて寺町を形成しています。
まずは竹ノ塚駅から法受寺に向かう途中にある東岳寺です。


こちらには境内に「東海道五三次図」で有名な絵師、初代安藤広重のお墓と記念碑がありました。

続いては応現寺です。

伊興最古の寺院で、切妻造で流破風の桟瓦葺である四脚の山門は、寛永14年(1637年)の建立と伝えられ、区内最古の木造建築物だそうです。
そして会場の法受寺です。

正暦3年(992年)、恵心僧都によって、豊島郡下尾久の地に天台宗恵心院法受寺とし開創され、文久元年(1264年)、浄土宗に改宗しました。
宝暦3年(1753年)豊島郡谷中に移転し、新幡随院法受寺と称しましたが、関東大震災後、下谷三崎町の法受寺と浅草の照光山安養寺とが合併して、昭和10年(1935年)に現在地に建立されました。
区の有形文化財の後深草法王の木像、五代将軍綱吉の生母柱昌院の墓があります。
三遊亭圓朝が創作した「怪談牡丹灯篭」は豊島郡谷中三崎町が、とても淋しく、寺が怪談話の創作の舞台になったと言われています。

開演までまだ時間があったのでもう少し散策してきました。
易行院です。

歌舞伎で有名な「花川戸助六と愛人揚巻の比翼塚」がありました。
もう一箇所、東陽寺です。


三遊亭圓朝作「塩原太助一代記」のモデルとなった大商人、塩原太助のお墓と碑がありました。
開場時間より早かったのですがご住職のお言葉に甘えて中に入れて頂きました。
会場になっていた本堂に飾ってあった額です。

『伊興寺町寄席』 法受寺
春風亭正太郎「牛ほめ」
春風亭一之輔「崇徳院」
柳家〆治「藪入り」
地元に根付いたとてもあたたかい落語会でした。
次回は7月に開催で、お寺ゆかりの「牡丹灯篭」をネタ出しだそうです。
会場の法受寺のある足立区伊興は関東大震災後都心及び各地より、14の寺院が移転してきて寺町を形成しています。
まずは竹ノ塚駅から法受寺に向かう途中にある東岳寺です。


こちらには境内に「東海道五三次図」で有名な絵師、初代安藤広重のお墓と記念碑がありました。

続いては応現寺です。

伊興最古の寺院で、切妻造で流破風の桟瓦葺である四脚の山門は、寛永14年(1637年)の建立と伝えられ、区内最古の木造建築物だそうです。
そして会場の法受寺です。

正暦3年(992年)、恵心僧都によって、豊島郡下尾久の地に天台宗恵心院法受寺とし開創され、文久元年(1264年)、浄土宗に改宗しました。
宝暦3年(1753年)豊島郡谷中に移転し、新幡随院法受寺と称しましたが、関東大震災後、下谷三崎町の法受寺と浅草の照光山安養寺とが合併して、昭和10年(1935年)に現在地に建立されました。
区の有形文化財の後深草法王の木像、五代将軍綱吉の生母柱昌院の墓があります。
三遊亭圓朝が創作した「怪談牡丹灯篭」は豊島郡谷中三崎町が、とても淋しく、寺が怪談話の創作の舞台になったと言われています。

開演までまだ時間があったのでもう少し散策してきました。
易行院です。

歌舞伎で有名な「花川戸助六と愛人揚巻の比翼塚」がありました。
もう一箇所、東陽寺です。


三遊亭圓朝作「塩原太助一代記」のモデルとなった大商人、塩原太助のお墓と碑がありました。
開場時間より早かったのですがご住職のお言葉に甘えて中に入れて頂きました。
会場になっていた本堂に飾ってあった額です。

『伊興寺町寄席』 法受寺
春風亭正太郎「牛ほめ」
春風亭一之輔「崇徳院」
柳家〆治「藪入り」
地元に根付いたとてもあたたかい落語会でした。
次回は7月に開催で、お寺ゆかりの「牡丹灯篭」をネタ出しだそうです。





